マッケンジーシステムを利用した急性腰痛の初回施術例

以下は所属する日本カイロプラクティック医学協会(JACM)の会報誌に2005年当時掲載した症例報告の原稿です。

マッケンジーシステムを利用した急性腰痛の初回施術例

富士見台カイロプラクティックセンター 小梨修司

◆再来院
2005年4月に急性腰痛で来院された38歳男性のAさん。職業は建設業の現場監督。椎間板ヘルニアの既往歴あり。以前から慢性的な腰痛にて不定期に通院されていた。今回は約4ヶ月ぶりの再来院であった。
Aさんは作業着のまま、腰を手でかばうようにゆっくり治療院に入って来られた。これまでとは異なり、明らかに軽い腰痛ではないことが推測される。

◆施術前の問診
状況を尋ねてみる。
Aさん:「昨日の夕方から腰に違和感がありました。寝ている時に腰が痛くなって、痛みで何回か目も覚めました。今朝になると、右のお尻、太股からすね(下腿)の外側が痛くなっていました」

腰を痛めた原因についてより詳しく尋ねると
Aさん:「1週間立ったままの仕事が続いていたので腰が辛かったですね。それが原因だと思います」
とのこと。
しかし、右下腿に痛みが広がる、という強い症状が立ち仕事だけで起きるかどうかを疑問に思い「何か重いものを持ち上げるとか、ひねったとかありませんか?」とさらに聞いてみる。
するとAさん:「そういえば昨日、100キロくらいの機械の移動を2人でおこないましたね」

「100キロ・・・(驚!)」

痛みの発生が腰の右側に出ていることから「こういう動作をしませんでしたか?」と、腰を曲げて、かつ捻じるような持ち上げ方を実演し、また尋ねてみる。

Aさん:「はい、やりました」
その動作の直後に痛みが発生したわけではないので、Aさんは主要な原因とは思っていなかったようだ。それにしても「100キロ」とは・・・。
通常はそのような重い機械を2人だけで動かすことはないのだという。が、人手が足りない時には現場監督とはいえ、作業を手伝わないといけないらしい。立ち仕事で腰部の負担が蓄積していた時に、その作業がだめ押しとなって急性腰痛を発症したのであろう。

◆テスト
施術に入る前のテストは無理がない範囲でおこなう。

姿勢検査:
立位にて背部を触診(フェザータッチスキャン)。背筋は強く緊張、特に右腰部の隆起が目立つ。腰椎は右凸弯曲。直立も困難であるほどの痛みからくる疼痛性側弯である。

体幹の動作テスト:
 屈曲・伸展:共に痛みのため不可
 右側屈:嫌な感じがする。不安感増強。
 左側屈:痛みなし。
 右回旋:腰痛増強。
 左回旋:痛みなし。

立位からカイロテーブルの上に寝てもらうように誘導するが、その時は注意を要する。立位も困難な状況であるので、急に仰臥位、腹臥位になることは、痛みを増大させることとなる(実際、その肢位になれないことも多い)。
よって、仰臥位であれば膝窩の下に、腹臥位であれば腹部下にクッションを置いて、腰椎が軽度屈曲位になるように調整した方がよい。

SLRテスト:右 約30°で腰痛悪化
仰臥位 両下肢保持テスト:腰痛悪化
SI(仙腸関節)テスト:異常なし

◆施術
それまでの情報により、椎間板損傷の比重が多い腰痛と推測。施術は、はじめに下肢~臀部のTPT(トリガーポイントセラピー)をおこなう。
腰部は腰方形筋をねらっての外側から内側へのTPT。無理な腰椎伸展方向への押圧、操作は症状を悪化させることがあるので注意が必要だ。
ある程度の時間の経過を待ち、腹部下のクッションをとりはずす。完全な腹臥位になったが痛みはない、とのこと。また数分ほどの施術の後、今度は肘を立てた状態での腹臥位(軽度の腰椎伸展位)になってもらう。
ゆっくりと時間をかけて伸展させてきたお蔭で、伴う痛みは引き続きない。続いてその体勢にて、軽い腰椎伸展方向へのモビリゼーションをおこなう。
最後はマッケンジーエクササイズ(ニュージーランドの理学療法士であるロビン・マッケンジー氏が考案した体操療法)を術者が先に手本をみせた後、Aさん自身におこなってもらった。

◆施術の根拠
これら一連の操作は、前屈に伴って後方に移動したと思われる椎間板内の成分(髄核)を前方に戻すものである。ちなみに、このような髄核の後方への変位は“椎間板の後方変性”と呼ばれ、多くの腰痛の原因になっていると考えられている。
施術終了後の動作テストでは、腰部の伸展可動域がいくらか改善、伸展に伴う痛みも軽減した。マッケンジーの理論で考えれば、髄核をいくぶんか前方に移動したことにより疼痛が軽減したものと考えられる(実際には視覚にて確認、証明する手だてはないのだが・・・)。
髄核が椎間板の膜をやぶって飛び出した真性のヘルニアの疑いが強いと判断される場合は、安静が第一選択の処置となる。動作に伴って髄核が移動するという機序が期待できないためである。関節を動かすという施術は適さないので、この判断には注意しなければならない。
Aさんのお話だと、明々後日からはまた現場作業がはじまるとのこと。「工期が迫っているため仕事を休めない」と今後のことをとても心配されていた。
コルセットを持っている、との申し出もあったので、現場作業時には適宜着用してもらうこととした。

◆説明に力を入れる
今回は施術中、特に以下の4点の説明に力をいれた。

・現在の腰痛は決して軽いものではないこと
・ゆえに気をつけないと場合によっては手に負えない状態になる可能性があること(くしゃみで椎間板ヘルニアを発症、救急車で運ばれた俳優、船越氏の話を持ち出す)
・悪化させないためのポイントは不用意に「腰を曲げない」ことであること
・今日明日、そしてこの1週間が正念場であること

まさに、これ以上悪化させるか、それとも回復させていくか、の瀬戸際の状態だったのである。

◆施術を振り返って
患部への長時間のTPTはおこなっていない。これは、筋肉が患部を保護するために自発的な強い緊張状態にあるからである。
また、腰椎へのCMTもおこなっていない。椎間板の損傷とは、程度の差こそあれ「椎間板の切り傷」と例えられるものであるから、急性期に無理に動かすことは損傷を広げる恐れがある
。術前の動作テストにさかのぼると、腰椎の右回旋が痛みをより増悪させていることがわかる。よって、関節操作の「快方向の原則」に照らしても、腰の右回旋CMTは「不快」方向であるから、特に避けるべき、と考えるのである。

◆翌々日
翌々日は前回より症状は改善。腰椎の動作テストでは

伸展:可動域増加
屈曲:不安感増強
右側屈・右回旋:右臀部への放散痛発生

と、前回に比べ、動作の方向による痛みの軽減と増悪がはっきり出るようになっていた。SLRテストは:Bragardサイン陽性(足首背屈にての下肢痛↑)となり、椎間板の損傷を疑わせる結果は変わっていない。診立て通りではある。

◆遠位化、近位化
ある方向の動作により痛みなどの症状が、体幹の「より中心から遠い方へ広がる」というケースがある。これは「遠位化」と呼ばれる現象である。
遠位化を導く動作は、状態を悪くする恐れが強い、と考えられる。Aさんのケースでは、右回旋、右側屈の動作が遠位化の方向にあたる。つまり、この方向への関節操作(CMT)は禁忌なのである。
逆に、動作に伴って、痛みの部分がより中央へよってくることがある。これは「近位化」と呼ばれ、回復を導く方向とされる。積極的に近位化の方向に動かしていくことにより、快復をより早く導くことができるのである。
これらの理論はマッケンジー氏の著書中に説明されているが、学院の2年次の授業にも出てくる。腰や頸の症状を訴える患者さんへの施術に有効な情報を与えてくれるので、学生の方には、よく聞いて、勉強してもらいたいと思う。

◆施術方針
Aさんに対する施術方針は、痛みが軽減する近位化の方向へのエクササイズと関節操作、TPTを中心に組み立てていった。
途中、紙面にかききれないいくつかの経緯、変化もあったが、最終的には7回目の来院時、痛みの発症から17日目で下腿、臀部、腰痛はすべて消失したのであった。
大切なのはその後である。Aさんの腰椎は、本来前方にカーブしているべきものが、後方のカーブを形成(後弯)している。これまでの生活習慣の積み重ねによって構築されてきたものと推測されるが、腰痛の再発を防いでいくためにも、これまでの生活習慣の改善に力をいれていくこと、すなわちカウンセリングやセルフケア(アクティブケア)が重要課題となっていく。

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